一田憲子さん著「丁寧に暮らしている暇はないけれど。」を読みました。
丁寧に暮らしている暇はないけれど。
「けれど」の先にある、自分らしい日々が愛おしい。
丁寧な暮らしは憧れと理想
ちまたにあふれる「丁寧な暮らし」
私自身、丁寧に暮らしたいはお決まりのフレーズの如く各所で言っている気がします。
しかし、現実の私の生活は丁寧な暮らしとは程遠い暮らしです。
子ども2人を育てて、短時間ですが働いています。
毎日特に朝はバタバタで、
仕事から帰って自分のご飯を急いで食べて、
お迎えの時間までに家事をして、
迎えたかと思ったらやれ習い事、
夕飯の準備、あっという間に寝る時間。
毎日こんな日々で丁寧に暮らすのは私には無理なんじゃないかと思うほどです。
そんな中でも朝起きて一人の時間にボーッと白湯を飲んだり、
昼食後にデザートを食べたり、
ほんの隙間時間に読書をしたり、
何気に自分の中で楽しい時間を捻出できていると思うのです。
丁寧な暮らし という言葉にプレッシャーをかけているのは自分自身なのではないのでしょうか。
きっとその先にある一人一人の暮らしには愛おしさがあったり精一杯さがあったり、
暇を持て余して退屈だったり、色んな暮らし方がある。
結局は、「自分がどう暮らしたいか」にかかっているんじゃないかなと感じました。
丁寧に暮らしたい。
丁寧に暮らしている暇はないけれど。
そんな風に思っている人に読んでほしい一冊です。
以上、一田憲子さん著「丁寧に暮らしている暇はないけれど。」の紹介でした!
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